珈琲片手にあなたのママを探しましょう

珈琲片手にあなたのママを探しましょう

「まみぃ~店長ぉ! 新しいカフェメニューブックが完成したであります!」
抹珠するす……普通に茉美まみって呼んでくれない?」

もしくはカフェのママ。
……どれどれ、見せてもらおうか。
発注していた木製のメニューブックに、抹珠がデザインしたメニュー表が数ページ続いている。うんうん、なるほど。
「うん……見やすい。花形商品が最初のページにあって、次に季節……ドリンクとフードもページ端の色が違って分かりやすい。やるじゃん抹珠~、この店のアンティークな雰囲気にも合いつつ、かわいくできてると思う」
「でしょでしょ~! シックだけど鼻にかけすぎない、大人だけどかわいい空間! こういうとこに気を使っていれば、私たちと同じ女子高生くらいのお客様も、ちょ~っと背伸びに来てくれるはず♪」
……うん、さすが抹珠だ。
古式ゆかしすぎて客層が狭かったうちの店に、「珍しいものがいっぱいあるなら、隠したり堅い雰囲気にしないで、写メで取りやすいところに飾ろうよ!」とアドバイスをくれた。おかげで店やメニューの雰囲気も良く変わったし、拡散のおかげでTwitterでも一回バズッて、若年層の需要を広げることができた。今回のメニューブック一新もその取り組みの延長だ。
「うん、凄くいいよ。やっぱ持つべきは幼馴染だねぇ」
「んふふふ♪ あ、あと~見てここ! わたしが描いたナポリタンのキャラクター」
「え、どれ……これ?」
「それー!」
「は? かっわ」
「んね。コンセプトが『昔なつかし、かつ、お子様も食べたくなる』で打ち合わせしてたから、洋装への憧れも残こしつつ「このナポリタン食べてるぼくわたし、ちょう渋いじゃん……」みたいな、そんな感じになれたらな~って!」
「天才かよ……いいねぇ、他のページもイメージサンプルのとおりで……ん?」
―――……んんん???
パラパラと一通りめくっていると、最後のページに……“誤発注”を見つけた。
「……するす~? このページはなに」
「早速インスタとTwitterにあげなきゃ……はい? なんでしょう」
スマホを構えながら近づく抹珠に、“誤発注”のページを見せる。
「ん~? ……ああ! それね、それは~……“ご依頼の募集”であります!」
「………………」
「うっ……ま、まぁす! ……まぁす……ぁす……」
「エコーで誤魔化すな……はぁ、あんたも懲りないねぇ」
私はメニューブックを閉じて抹珠へ手渡し、明日の仕込みのためにキッチンカウンターへ入った。
「茉美ぃ~……お願い! やらせて、ほしいの! ……だめぇ?」
カウンターに並べたサイフォン越しに、抹珠の頭がひょこひょこっと出てきて気を散らしてくる。
「抹珠、ここは純喫茶なの。“探偵の従業員”はいらないわけ、ね?」
「……むぅ」
ほっぺの膨らんだ抹珠の顔が、未使用サイフォンのフラスコに溜めてあるお湯で屈折して、カウンターから対面して見ると大変な顔にゆがんでいた……かわい。

……抹珠をアルバイトとして雇ってからずっとねだられている「探偵事務所の開業」。

困ったなぁ。何度ダメと言っても諦めずに打診してくる。当時は人手がなかったとはいえ、こんなことなら「そのうちやってあげる~」とか交換条件で言わなきゃよかった。
「てか抹珠。そもそもね、話だけ聞いてるといろんなことが無計画すぎんのよ」
「無計画ぅ? ……たとえば?」
「そりゃ、いろいろ」
「いろいろぉ? ……ん~、開業申請を公安に届出するのなんてすぐだよ? 後見人もいるし、法定代理人になってくれる人も見つけたし~? 機材もちょっとずつ買って、車はおじいちゃんのおさがり、免許は来年取るでしょ? 運用資金もおかげさまでまぁまぁあるの、あとは場所だけ♪」
ええっ……そんな具体的な話は初めて聞いたけど。
ぽわぽわした喋り方のせいで、まともそうなことも真面目に聞こえない……。
「ああ、そう……でも、あとは場所だけって言うけどねぇ。この店内のどこで構えるつもりよ?」
「店内じゃなくて、建物! 外から二階にのぼれる階段があるでしょ?」
「あれは事務所な?」
「物置じゃなくて?」
「いや……」
「事務所もバックヤードにあるし。使ってないんでしょ、二階」
「使ってるよ、寝室にっ」
「ああ、だから電マがあったのか~!」
「おい! 勝手に入んなって言ってたでしょ!?」
「パソコンがないってことは~……オカズはスマホで見るか、まさか妄想? たくましぃ~!」
「前歯へし折られてぇのかテメェ……あの、あれは最近ね、立ち仕事で腰が、凝ってだね……」
「たしかに。“リラックスに使ってる”お部屋をもらうのは忍びないなぁ……」
「ぐっ……使ってない」
「ほんと!? じゃーちょうだい♪」
「やるわけないでしょ……」
「もう、店長~!」
「ママとお呼び」
「ままぁ~~ん❤」
「合ってるけどなんか違う……」
キッチンまで入り込んで、サンドウィッチの具を仕込んでいる私に縋りつく抹珠……今日はいつになくしつこいな。
はぁ……これはそろそろ、一回ちゃんと話さないとおさまらない感じか。面倒だけど仕方ない。
「分かった、分かったから。ちょっとコーヒー用意するから、卓で待ってなよ」
「はぁ~っ……! うんっ♪」
話すっていっただけなのに、もう決まったみたいにパァッと笑ったかと思えば、目をキラキラさせて隣で小躍りしている……早よ行けって。

「えっへへ~、やったやった……まま大好きぃ♪」
「だからぁ、ママはママでも言い方がなんか違っ……はっ――――――――――」

―――――――――――――――――
――――――――――――――
―――――――――――

――――――そう言って抹珠が抱きついてきたとき。一瞬、手の力が抜けた。

少しずつ暗い靄がかかってきた視界は、やけにスローな動きで揺れてブラーがかかる……右手に持っていた包丁が床に落ちて、軽く跳ねる様子が、他人事のように見える。
鉄が弾む音もなく……聴覚はただ、ゴウ――――――と、耳を塞いだ時に聞こえる、筋肉の音みたいなのを延々と捉えていた。
そこに紛れて、聞こえる……声……わたしの、こえ……おかあさん……おとうさ……。
おじい、ちゃん……だいすきな……みんな……みんな………………………………。
なんで……わたし、ひとりに……いや、いなくなっちゃ……いやっ……………………!!!
あれ、なんで……暗くなって、あたまもっ、痛いっ……いたい、いたいっ! いやぁ!
……やめて、やめてよおじさんっ……叩かないで……もう逆らわないから、叩かっ……!!!!

「……茉美」
「かはっ!!! ――――――……はぁ、はぁ」
後ろから抱きついて私を支える茉美の声が、背中を超えて心臓に響いた。
朦朧としていた意識が、段々はっきりとしてくる。
「はぁ、はぁ……――――――はっはは、またか。あぁくそ」
ふらついたバランスを立て直して、背中に抱きついてくる抹珠をそのまま引きずりながら冷蔵庫に行き、自分用に冷やしていた水を飲む。
「んっ……くはぁ。よし、もう落ち着いた! 大丈夫だよ、抹珠」
「茉美……ごめんね?」
「あ? なにが」
「……やっぱり、茉美のこと店長って呼ぶ」
……抹珠。
「……なに言ってんの。わたしは経営者であり社長であり、ここ【カフェ・サナフ】のママなの。個人経営なのに、店長ってなんか、どっかに雇われてるみたいじゃん」
「だいじょうぶなの?」
「え? いや、だから」
「ごめん。ほんとにごめん。ちゃんと言って」

………………。

「あぁ……おん。さっきのは、子供の頃……まだなにも無くしてないときを思い出して追体験しちゃった感じだから、直接の関係はない。私がまだ吹っ切れてないだけ……抹珠にはやっぱ、仕事中はママって呼んでほしいな。お客様もみんな、ガキの私をそう呼んでくれるから、私も早く慣れたい」
「……わかった」
最後におなかまで伸びた抹珠の腕がぎゅっと抱きあげてきて、ぱっと離れた。
「うんっ、分かった♪ ……えへへ」
顔を埋めていたせいで赤くなっている顔、頬が、目頭が……照れ隠しに笑う。
「ありがと、抹珠。ほら、卓で待ってなって。大事な話をするんでしょー」
「あっ……うん!」
抹珠がウエイトレスのエプロンを脱ぎながら駆ける後ろ姿を見送って。
私は、サイフォンを掴み……いや、洗うの面倒だからペーパードリップにしよう。
電動コーヒーミルの電源を入れて、豆が砕かれる音を楽しんだ。

*           *

「――――――そしたら抹珠、あんた高校はどうするの。両立はできないと思うけどね」

窓際のソファ卓。対面になってそれぞれ座って、向き合いながら話していた。
抹珠からプレゼンされる探偵事務所の開業が、あくまでうちのカフェでやる一つの企画、事業に過ぎないものだと改めて説明を受けて、その際の届け出の方法や資金、予算、向こう何年かの利益の目標、営業企画云々と……具体的なことを聞けば聞くほど、高校生活を捨てるように聞こえる。
「まさかあんた……私みたいに中退するつもり? それはやめときなって~」
からかっている訳じゃ決してないけど、抹珠が言った計画が、いやリスクケアしている部分はあるとはいえどうしても無謀に聞こえて、思わず軽い調子で言ってしまう。
「んーん、それはしないよ。それに、中退するしかなかった茉美の前で、私はそんな話できない」
私を責めるでもなく、あくまで真面目なトーンで話を進める抹珠。
色んな意味がこもっているであろう瞳に見つめられて、思わず心が揺れる。
「……そっか。んん、でもねぇ」
「茉美、まだそんな大袈裟に考えないで。最初はちょっとずつでいいの、カフェにきたお客様が依頼の募集を見て、小さな悩みを聞くだけとか」
「それで、タダで解決してあげるってこと?」
「小さな悩みならね。企業努力ってやつ! まずは信用や実績で名前を広げないとでしょ? 手間のかかるのはしっかり概算を出します」
「……その間のウエイトレスは? 最近は抹珠のおかげで客足も増えてんの。一人はきついって」
「なんとかこなすっ……こなせなかったら、アルバイトの募集も!」
「簡単に言うけどねぇ? こっちだって人件費の余裕は」
「ある。実はもう二人は雇える余裕あるよね?」
「なっ……なんでそれを」
「え? だって、私も経理やってるし」
「そうだったぁ……」
「……というか茉美ぃ。忙しくなってきたのになんでアルバイトを雇わないの? ホームページも、TwitterもインスタもPV増えてるし、募集かければ結構来ると思うんだよね!」
「は? いやそれは……抹珠が……」
「……わたしが?」

それは……す、抹珠と……一緒に、二人でやっていたいから……。
抹珠が支えてくれて……私がこのカフェでやりたいこと、なりたい自分を……夢を教えてくれたから。
それでいいじゃん。二人で、楽しく……それで、いいじゃん。

「茉美……?」
「……なんでもないっ。というか抹珠こそ、そこまで色々考えてるのになんでこの店なの?」
「へ?」
「あとは場所だけなんでしょ? ……そんなに私と働きたくないなら、別のとこ行っちゃえば」
「ちがうよ! わたしは……その」
「なによ……え?」
抹珠の表情を確かめると、寂しそうな顔をしていた……いまのは、言い過ぎたかな。
「あの、抹珠……ごめん、抹珠は働きたくないなんて言ってないのに……ごめん」
「茉美……ねぇ、茉美」
「……なに?」
「聞いて、茉美。目も、こっち見て」
抹珠は飲み切ったコーヒーカップを袖に避けて、私の右手を両手で握ってきた。
凄く優しくて、暖かい……同時に私は、騙されてると思っちゃうくらい、その暖かさに縋っている自分の心の幼さを自覚した。
「カフェの上にさ……探偵事務所があるのって、凄くロマンじゃないかな」
「……へ?」
突拍子もない理由に懐疑の目を見せても、変わらずニコニコと微笑みかける抹珠。
こういうとき、この子は……普段ネガティブな私の分まで、ポジティブでいようとしてくれるんだ。
そして、気付いてしまう。抹珠の笑顔のポーカーフェイスに“隙”が生じていて、心がかき乱される。
ずるい、ずるいよ。私にしか気づけない変化で気持ちを伝えてくるなんて。だって、あなたがただのポケポケじゃないことは私が一番知っているんだから。
この表情までわざとなら……本当に、ずるいよ。
「あのね。茉美のおじいさんが残してくれたこのカフェを、茉美が継いだとき。私はやっと茉美と遊べるんだって思った。小さい頃からしがらみだらけだった茉美が、自分でやりたいことを見つけて高校をやめたとき……不謹慎かもしれないけど、強いな、本当にかっこいいなって思ったんだ」
「っ――――――……んく」
また、思い出したくもない劣悪な過去のフラッシュバック……でも、そのイメージに写真めいて覆いかぶさるように、小さい頃から笑顔で話しかけてくれた抹珠との思い出たちが挟まって、視界が仄暗くなったり、明るくなったりする。
「カフェのママをしてるときの茉美はね、すっごく楽しそうで。茉美が笑うとこ、もっと見たくて……助けることができなかった分、私ができる方法で助けたいって思ってた。そんなことする必要ないくらい、茉美は楽しそうにしてたけどね」
……私は空いている左手を抹珠の両手に重ねて、握り合った。
「抹珠。それは、さ。順番が違うっていうか……」
「じゅんばん……?」
「あの、私はさ……身寄りがなくて、叔父に追い出されてから高校に行くお金もなくなったから。私に相続してくれていたこのカフェで、生きていくしかないと思って高校やめたんだ……話したから知ってると思うけどね」
口に出して話すほど、当時の絶望を覚えていた体が震えて、握っている手に力が入る。抹珠は呼応するように、もっと強く握り返してくれる。
「全然楽しくなかったよ……。叔父とは遺産相続でめっちゃ揉めるし……まぁなんか最後には? 処理に困ったのか債務を私に押し付ける形で話は済んだけど。お店や料理のこともさ、おじいちゃんのお弟子さんに教えてもらってなんとかしたけど、経営なんてなにも分からなくて」
……死に物狂いでやっていた。生きるため、生活のため。
お弟子さんが作ってくれた当面の運用計画を守るため、少しでも余計な赤字やロストを起こすと先が見えなくなるから、贅沢はできなかった。目の前で美味しそうに焼けるサンドやホットケーキを見て、何度盗み食いしようと思ったか。お弟子さんが見返りなしにくれた運用資金に、手を付けようと思ったか。
お風呂もまともに入れず、洗濯機も小さいのしかない。二階の寝室に帰っても、娯楽なんかなにもない。小汚く痩せ細って、余裕のない私の振る舞いに客足は遠くなるし、とうとう店内のアンティークコレクションを質に入れようと手を付けたら、店の雰囲気が好きだった常連の人まで離れていった。

もう、死のうと思った。
やることの全てが裏目になって、おじいちゃんから貰った最後の愛情まで無碍にしてまで卑しく生き延びようとした自分自身が、最低で、醜くて、嫌気がさして。

「……そんな時さ。抹珠がクラスの子を連れてお店に来てくれたじゃん。はは、ママになって初めての大盛況だったなぁ」
「……うん、そうだね」
「そっから何回も来てくれるうちに、みんなが拡散してくれたり。一緒にいたギャルの子も、ここもっと変えたら可愛くね~? なんて言ってさ、お店も今どきになってきて」
「……うん」
「客足が戻って忙しくなってきたら、手伝ってくれて……。申し訳ないよって話したら、抹珠がアルバイトしたいって言ってくれた」
「……うんっ」
「抹珠が働いてくれるようになってからさ? もう、本当にっ……すごく……んっ……たのしくて」
「………………」
視界が滲んで、抹珠の笑顔が見えなくなる。
拭いたいけど両手は離したくなくて、二の腕で眉間を擦った。
「抹珠がいないと、わたしっ……なにもできなっ……うぅ……ごめんっ……んく……!」
「茉美……そっち、いくね」
抹珠は呟くと、両手を繋いだまま立って、私の隣に座り、身を寄せてきた。
「抹珠っ……あの、ごめん、えっとね、急に泣いてマジでごめんだけどさ……」
「いいんだよ~。大事な話をしてたもんね」
「えと、じゃあもう言うね? ――――――わたし、働くなら抹珠と一緒がいいよ」
「……うん、私もだよ茉美」
「カウンター越しに、私が作ったカフェオレやパフェ、サンドやナポリタンやグラタンをね、ウエイトレスの制服を着た抹珠が笑いながら運ぶのを見るの」
「うんうんっ」
「あんたはお客様に余計なウィットとかとばしながら、楽しくて、コーギーみたいにおしりぷりっぷりしながらフロアを歩き回ってさ」
「……ん?」
「だからエプロンのリボンがすぐ解けるの。あんたはそこで椅子をお立ち台にして、ショ~タイム~! なんて叫んで脱ぎ飛ばしてさ、ほんと、そんな遊びどこで覚えたんだか」
「ん~……ゲイバーで遊んだときかなぁ?」
「マ? やーば……んでそれを私がカウンターから、うちそういう店じゃねぇから! ってさ」
「待って? それは友達しかいないときにやったやつだから」
「いやさすがに普通のお客様がいるときにやったら殺すけど……ぷふっ……はは、あっははは!」
「茉美ぃ~? ……くふ、ふっふふ、ははは!」
お腹が痛くなるくらい、おかしくて笑いが込み上げる。繋いでいた両手同士も力が抜けて、開いた指と指が絡まった。
互いの手を合わせて向かい合わせ。どっちも、笑う顔がほんとに、ほんとに面白くて……。

……あんたとこうしてるとね。嫌な気分が、ぜんぶ吹っ飛ぶんだよ。

「――――――はぁ、ははっ、はぁ……わたし、抹珠のおかげでこの仕事が楽しくなったんだ。だから、あんたが見えてないとヤだ」
「んっふふふ……うん、そっか」
そう言って、少し寂しそうに笑う抹珠……ごめんね、私が寂しがりなばっかりに、欲張りを言って。
「ごめんね抹珠……そういえば、なんで探偵なん?」
「んーん……へ?」
「考えてみれば、探偵事務所って癖が強いなって思って」
「あぁ~……それは、私の新しい夢だよ♪」
「……抹珠の、夢? ……新しい」
うん! と満面の笑顔で返事してくる抹珠……初めてきいたけど。

「やっぱり叶えたいな……茉美が私に見せてくれた、二人の未来」
「えっ――――――――――……」

今度は、抹珠から恋人繋ぎに絡まる指の力が強くなって……なんか、あれ、押し相撲みたいにっ……うぉわ!
「ぃたっ……あれ……なんで押し倒すのぉ……?」
ソファのひじ掛けに後頭部を置かれて、抹珠にされるがまま手を頭の上で抑えられる。
「んふふ。私ね、こういう本音のぶつけ合いみたいなの、すっごいムラムラくるの!」
そう言うと、馬乗りになって私の腰を内股で挟んでくる抹珠……白くて大理石みたいに逆らう感触のない太ももが、もちもちとお腹や腰回りに擦れてきて、ぬはぁ、なんか変な気分~……。
「ひぇっ……依存しちゃうぅ……」
「やぁん♡」
やばぁ……。
「まぁみっ♪ ふふふ……ねぇ茉美。私はね、茉美にとって精神安定剤のままでいるのはヤなの」
「……へ?」
「茉美を助けたい、幸せにしたいって思ってた……でもそれは、さすが私たちっていうかね、結構早く叶っちゃったから。だから私たちは、新しい扉を開くんだよ」
「その扉ってもしかして、いま私のシャツを脱がせてるのに関係ありそう……?」
「どうだろ? これはただムラムラしてるだけ。だから話はちゃんとしてるでしょ?」
「あたまバグってんじゃねーの」
「そうなの! 茉美のせいだよぉ? ちゅっちゅ」
「うわあああんっ……抹珠ぅ?」
「ん~~まっ♪ んふふ……あのね茉美。私はずっと、茉美を守るんだって思ってた。助けられなかった分、守らなくちゃいけないんだ、私が茉美の心の拠り所になってあげないと……私がいないと、あなたは生きていけないんだって……」
はぁ……なんだか頭が酔ってきそうな言葉選びと、首筋をなぞる指先のソフトタッチで背中の筋肉がっ……せ、しぇなかがぁ、けいれんして、跳ねるっ……。
「んあっ……むぅ。それでいいじゃん」
「だめぇ~♪」
「……なんで?」
「かわいっ……それはね。私も茉美のことが羨ましくなっちゃったからだよ」
「……どゆこと?」
「茉美がいないと生きていけなくなったの。さっきも言ったでしょ、かっこいいって思ったんだ」
抹珠のシャツのボタンが下からはだけていって、かわいいおへそが見える。抹珠は私に覆いかぶさると、抱き着きながらおなかとおなかを擦り合わせてきた。あったかくて、すべすべして、抹珠のかわいいにおいが濃くなって、すごく気持ちいい。
「あぅ……くすぐったい」
「んんっ♪ そうだねぇ~……んあっ……茉美……私たちはね、ちょっと近すぎるんだよ。それも、あまり良くない方法で」
「……そうなの?」
「うん……だって、ちゃんと地に足着けて頑張るために二人で助け合ってたのに、いまは二人でいるために頑張ってる気がする……茉美は私と二人になるようにして、わたしもっ……いっ……甘えられちゃうと、嬉しくなっちゃう」
「だめなの? ……やだ、もっと甘えてたいっ」
「そーれ。それが反則……茉美、私はね。あなたと大人になりたいの。甘えられる人がいなかった茉美からしたら全然足りないのは分かるけど、私たち来年には卒業する歳なんだよ?」
「やだ、やだぁ」
抹珠を困らせたくて、駄々をごねてみる……抹珠が言っていること、私も凄く分かってるし、自覚しているし、そうだね、しっかりしないとだよねって思ってる……けど……。
ね? いまだけ、だから……わたしの嫌な記憶……ぜんぶ、忘れさせて。
「するす……すきっ……まま……だいすき……」
抹珠の大きな胸に顔をうずめて、シャツ越しにブラジャーをずらして、少しでも柔らかい感触を探す。暖かくて、やめられない欲求をほっぺに満たす。
「んっ……茉美……そうだよね、分かってても、すぐには変われないよね……わたしも」
「っ……――――――――――」

――――――……抹珠はそう言うと、私の頭を撫でながら優しく包んできた。

さっきまでの、欲望に忠実な雰囲気じゃなくて。
そういう劣情もどうでもよくなるくらい、もっと深層の本能をくすぐるような……まばらに散る安心が一つに集まったような、圧倒的に大きな優しさ。

………………。

「抹珠……ごめんね。私もっとしっかりするっ……」
撫でてくれていた手を引いて頬ずりしてから、抹珠の体を起こして、シャツのボタンを締めてあげる。
「茉美……いい子だねぇ~、ありがっ―――ひゃんっ! ……ちょと、待って、まだ敏感だから……」
「……なにそれ。はぁ、ほんと締まりのない子なんだから……そう、このボタンのようにっ」
もう何ヶ月も着ているからか、今朝アイロンしたばかりのシャツもよれて、ボタンが穴に引っかからない……この、掛かれ、このっ!
「んひっ、はぅ! ……むぅ、素っ気なぁい。もしかして茉美って、こころで感じちゃうタイプ?」
「前歯へし折るぞテメェよって……ああダメだこれ、新しい制服を買わないと」
はだけたままの胸元に私が匙を投げると、抹珠もちょこちょこ胸元をいじって、すぐに諦めた。
「ふぇ~っ……これで何着目だっけ」
「さぁね~。はぁもう、わりと高いシャツなんだからさ、普段から大事に着てもらわんと困るね」
「ぜったい茉美のせいだと思うけど。抱き着きながら脱がせるの大好きだもんねぇ♪ ほら昨日もさ」
「っ――――――いいから! ……さて、さっさと発注するかぁ」
私もシャツのボタンを掛けつつ、スマホを取り出して、いつもお世話になっているブランドのサイトをタスクから引っ張りだした。
「はっちゅう~? ……あれママ、なんで注文するの。シャツならまだ在庫あったよね?」
抹珠が肩に顎を乗せてきて、一緒に画面を覗き込む……背中に胸が当たって気持ちいい。

「ん~? ……まぁ、抹珠はこれから雇うアルバイトさんたちとは、差別化しないとだからさ」
「ああ~、なるほどぉ……――――――へ? ……あ、あれ」

……えっとぉ。帽子にマントでしょ? ネクタイに……抹珠ならワンピースの方が似合いそうだなぁ、うん、この格好なら店の雰囲気にも合うし可愛い……いやでもこれ、狙い過ぎか? コスプレっぽくなっちゃうかも。
「ねぇ抹珠、グレーとブラウンだったらどっちがいい? 個人的には、ブラウンの方が探偵っぽいと思うんだよねぇ」
抹珠の方は見ずに、ぶっきらぼうに聞いてみる……なんか恥ずかしいな、このノリ。
「はっ――――――あの……はわわっ……いいの? 茉美……」
「あ? ……はぁ、違うでしょ抹珠」
「ふぇっ……じゃあ、これは」
「制服じゃない、呼び方のこと……ママとお呼び」
「っ……!」
あ、いまハッとした。んで、笑ってる……顔を見なくても分かる。抹珠の首からこくりと唾が飲まれた音が聞こえて、背中は、脈拍が早くなってきているのを感じて。
「んんっ……ん~~~~! ままぁ~♪」
抹珠の両腕が背中から回って抱き着いてきて、息が背中に当たる……。

『こら、重いでしょ』……口が自然に言いかけて、ふと考えが眉間によぎった。
……抹珠は私をママと呼んで甘えるとき、いつも背中から抱き着いてくる。
ずっと、じゃれているだけだと思ってた。でもそれが、さっきまで自分がこの子の胸に依存していたように、もし、これが抹珠にとっての“ママへの甘え方”だったら。
そう考えて……はは、ずるいな。なんか、やっぱり可愛いなって思った。
そして、抹珠だって甘えたいのを抑えて、抑えて……私に二人の未来を、夢を話してくれていたのだとしたら……うん、変わらなきゃ。
改めて、そう思った。
急にだと、私もまだ寂しいけど……ちょっとずつなら、ね。
このリニューアルもその一歩だ。なに、メニューブック完成のついでだね、ははは。

「――――――はは。ねぇ抹珠……これで、私たちも」
「コスプレえっちが捗るね!」
「そうそう、虫眼鏡でホクロ数えごっことか……」

私は後頭部で、抹珠の顎に一撃かました。

「あぐぁっ! ……ほご! ほえでわたひたひも! いっひょいおろらり」
「そう、そうです! 一緒に大人になれたね! そのとおり!」
「ふがぁ、あごぎゃ……くはっ、いたたた、外れたかとおもった……ひどぃ~」
馬鹿なこと言うからさ。
そして今度は、私が頭を撫でられる……すごく優しくて、気持ちいい手……。
「……そだね、ちょっとずつ」
「うん、そうそう♪ わたしも茉美に甘えたいし……あ、そうだ! こういうのはどう?」
「ん~? 聞かせて」
「えとね! まぁもっと私の名前が広がってからでもいいんだけど……モーニングからヌーンまでは茉美がママ。そしてアフタヌーンからは、私がママ……なんて、どうかな!?」

――――――――――。

―――……抹珠の弾むように楽し気な声。
幼い頃、秘密の作戦を楽しそうに話してくれたみたいに、率直で、素直な、その声。
いつも私に、進む楽しさを教えてくれる、大好きな声……。

「ああ、そっか……その手もあったか」
「そう! だから、いまは私がママだね♪」
「あんたねぇ。もうほんっと、調子いいんだから……ふふふ、くっははは!」
「うんっ……ぷふ、ふっはははは!」

ほんと、おかしくて……二人して吹き出しちゃう。
やっぱり、楽しいな。二人だけの時間。
これからもっと、一緒に大人になるため、絆を守るため……ちゃんと大事に、距離間を取って。
……んーん。いーや、そういうの考えるのは後だ。

ちょっとずつでいいって言ったんだから、そう、ちょっとずつ。
だから、急に色々と変わることなんて―――――――――――――

「―――ん?」
「―――お?」

二人で感慨に耽っていると、私が持っているスマホから通知が鳴った。
画面の上の方に出るアイコンは……なんだ、TwitterのDMか。
カフェの公式アカウントの受信箱を確かめようとするとっ……うお、なんだなんだ、一つのアカウントからのメッセージが増えていく。
たく、いまいいとこなのに……面倒だけど見るだけ見とくか。

ま、見るなら中身の前にプロフだよねぇ~っと……は? 捨てアカみたいな雰囲気で、FFもなければ自己紹介も呟きもない……見ててもしょうがなくなったから、私は受信ボックスを開いて、メッセージを確かめっ……――――――

「へっ―――……うそ、なんで……」
「茉美? ……なになに茉美! 雑誌の取材とか?」

覗き込んでくる抹珠に、私は一回画面を隠した。

「えっ、なんでなんでぇ~……ね、なんのDMだったの! また出会い厨か、個撮AVの怪しいやつ?」
「抹珠ぅ~……あんた、やったわね?」
「……ん~? なにがぁ?」
とぼける抹珠を背中に、Twitterのカフェアカウントのタイムラインをさかのぼると……やっぱり。

「あんた、私がSNS系に触ってないのをいいことに……これ! このつぶやきの連投、音読してみなさい!」
「どれぇ~? ……『珈琲嗜む紳士淑女、井戸端会議に旦那の性癖暴露しちゃう主婦の方、背伸びがしたいお嬢様にお坊ちゃまにも朗報! 【カフェ・サナフ】は来月から、夕方以降に【アフタノ・スルース】として、二時間だけ探偵事務所に早着替えしちゃいまぁす! ぴえんな貴方も、ぱおんな君も、JKふたりがお話聞いてなんでも解決! 奮ってご依頼してくださぁ~い!』……だって!」

だって! じゃねーよ。
「な~んか見覚えのある謳い文句なんだよねぇ……新しいメニューブック、最後のページとかでさぁ?」
「うん、同じことが書かれてるね!」
「うっ――――――……はぁ~」
だめだっ……この子には、かなわねぇ……はは。
なんだか力が抜けて、ソファにうなだれた……疲れた、私はもう疲れたよ。
「いやぁ~。バレるのもうちょっとかかると思ったんだけどねぇ~、えへへ」
「えへへじゃねーよもうやだぁ、仕事が増える……ちょっとずつって言ったのにぃ」
「だってそれ投稿したの、もっと前だもん」
「そうだったね、当たり前だねぇ……はぁ」
「ね、なんで分かったの、なんでぇ?」
「ん? ……んっ」
私はDM受信箱の画面まで戻って、スマホを抹珠に見せた……。

「なになに? ……『いじめられています、助けてください』……きたぁ」
「そうだよ、依頼! 来ちゃったの! ……しかもまぁまぁハードなやつぅ」
「きた、きたきた、きったぁーう!」
はだけた下乳を揺らしながらはしゃぐ抹珠……どうすんのよこれ……。
「やるでしょ、茉美! 助けてあげよ!」
「はぁ? あのね、自分たちのこともやっと落ち着いた頃だっていうのに、ひとのことなんて……あ」

―――――――……自分が何の気なしに言った台詞が。なんだか、今までの抹珠とのやりとりの中で、まばらに散らされていた点と点がここに収束するように気持ちよく繋がって、誘導されてるみたいに腑に落ちていく感覚がした……。

「聞いて茉美。ここの地域ってね、結構荒れてるの。茉美の境遇から考えればぜんぜん違和感なかったかもだけど、同じような悩みを抱えてる子がいっぱいいる……助けられる人たちがいっぱいいるの」

……そだねぇ。JKがゲイバーに行っても補導されないくらいだもんなぁ、うすうす気づいてたけど。

「そうだよねぇ……それが、私たちの将来のお客様なわけだしね」
「あっ……はは、そこまで分かっちゃったかぁ。えへへ」
チロっと舌を出しておどける抹珠……そこにまた、私にしか気づけない“隙”が見えた。

抹珠の本音……そう、抹珠が見た二人の夢……なりたい予想図……。
ずっと二人で働いていくため、一緒に大人になるために、今からできること。
抹珠が私と、しようとしていること……きっと私たちは、二人してママになりたくなっただけなんだ。しかもお互いのせいで。
……やっぱり抹珠は、どこまでも素直というか、欲望に従順な子だ。
どっちかがママになれば、どっちかが子供のままになってしまう。
それが嫌だと思わせたのは、きっと私だ……なら、責任を取ってやらないとかな。

「……分かった、やるよ。やればいいんでしょ」
「茉美ぃ……はぅあっ、またムラムラしてきちゃった」
「言ってる場合じゃないよ、早く着替えてきな。なんかこの依頼者さん、いまからここに来るみたいなことDMで言ってるから」
「そマぁ~~~!? はーい、いってきま~す!」

鼻歌交じりにお尻をぷりぷり振りながらバックヤードに向かう抹珠……これからどうなることやら。

私はスマホのタスクを切り替えて……、
冷めた珈琲を片手に、探偵制服の発注を……一応、二着に増やしておいた。


執筆者瀞昧幹
麻雀結果Sig. 87500  kabao 52000
巡宙艦ボンタ 38600 瀞昧幹 23700
規定文字数6380文字(63800点差)
お題
Sig.:高校を中退して喫茶店を営む女の子と
そこでアルバイトをする同級生の話
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青春倒錯ADV:YouthSignalシリーズ制作中! 最高だったあの頃の青春を、一緒に取り戻す物語。

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